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ポピュラー・ミュージックの大御所、クインシー・ジョーンズの軌跡
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| 作曲家、ミュージシャン、アレンジャー、プロデューサー、企業家と多彩な顔を持ち、ブラック・ミュージックそしてアメリカ・ポピュラー音楽界の大御所である、クインシー・ジョーンズ。本作は、ブラック・ミュージックをポピュラーなものにし、かつビジネスマンとしても、アフリカ系アメリカ人に多大な道を開いたクインシー・ジョーンズの半生を、本人および関係者のインタビュー、アーカイブ映像で辿るドキュメンタリーである。 |
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クインシー自らシカゴの生家を訪ね、そこで語る子供時代の思い出や、デビュー間もない頃の活動、映画音楽制作、マイケル・ジャクソンとの出会い、アフリカ飢餓救済ソング「We Are The World」のレコーディング風景、息子QD3とのセッションなど貴重な映像満載。ハリー・ベラフォンテがナレーターを務め、インタビューでは元夫人や子供を始め、シドニー・ポアチエ(俳優)、シドニー・ルメット(映画監督)、メリー・メル(MC)、そしてビル・クリントン(元アメリカ大統領)などがクインシーの功績を語る。
本作は、アメリカ文化史の偉人達をフィーチャーした「American Masters」というシリーズの1本で、アメリカのTV局PBS で2001年に放映された。
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クインシー・ジョーンズ (Quincy Jones) 略歴
1933年シカゴ生まれ。ライオネル・ハンプトンのバンドで、トランぺットとアレンジでプロとしてのキャリアをスタート。1950年代中頃までに、レイ・チャールズ、カウント・ベイジー、キャノンボール・アダレイなどのアレンジを手がけた後、パリへ移住。バークレー・ディスクで数々のアーティストのレコーディングを手がけた後、1961年マーキュリー・レコードの副社長に就任。メジャー・レコード会社で初の黒人役員となる。1963年にはカウント・ベイジーの“I Can’t Stop Loving You”で自身初のグラミー賞を受賞。その後、自身のアルバムを発表しつつ、同時に「夜の大捜査線」、「ルーツ」など映画・TVの音楽制作に力を注ぐ。脳動脈瘤で倒れるという困難を乗り越えつつ、1978年の映画「ウィズ」でマイケル・ジャクソンと出会うと、彼のアルバム「オフ・ザ・ウォール」、そして「スリラー」のプロデュースを手がけ、世界中で驚異的大ヒットを記録。1985年にはアフリカ飢餓救済ソング「We Are The World」をプロデュースし、さらに名声を高めた。
ジャズ、ファンク、R&B、そしてヒップホップとブラック・ミュージックを横断的に手がけ、ポップスの世界にブラック・ミュージックが広がる上で大きな役割を果たしたともいえる。また、レコードのみならず、映画やTVまでマルチメディアで活躍し、グラミー賞、エミー賞、アカデミー賞など様々な賞を受賞している。
音楽活動以外にも、ワーナー傘下でQwest Recordsというレーベルを立ち上げたり、タイム・ワーナーとのジョイントベンチャーによるエンターテイメント企業QDEを創設し、TV、映画などの製作、アーバン・カルチャー誌「Vibe」を発行するなど、黒人企業家としても名高い。
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