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マーティン・スコセッシ "私のイタリア映画旅行"
2001年度全米映画批評家協会 映画遺産賞受賞作品
マーティン・スコセッシ "私のイタリア映画旅行"

価格: 6,930円(本体価格:6,600円)| 商品番号:NODD-00008

[主な仕様]
収録分数: 約240分、2枚組ボックスセット、日本語字幕付き
発売・販売元: ナウオンメディア(株)

「戦後のイタリア映画と出会わなければいまの私はなかった」
--- M・スコセッシ

現代映画に多大な影響を与えた戦後の傑作イタリア映画群を、アメリカ映画の巨匠マーティン・スコセッシがナビゲート。

『私の映画旅行』はマーティン・スコセッシ(『タクシー・ドライバー』、『レイジング・ブル』、『ギャング・オブ・ニューヨーク』)が監督、自ら案内するイタリア映画史への旅。第二次大戦後の映画史にとってかかせないイタリア映画の歴史、監督達、そして自身のフィルムメイキングへの影響について、自身の生い立ちやユーモラスなエピソードを交えながら作品の映像と共に紹介していく。
アメリカ東海岸のフィルムスクールの名門ニューヨーク大学の映画講師の経歴を持つスコセッシが、歴史に一時代を築き上げたイタリアの5大映画監督、ヴィットリオ・デ・シーカロベルト・ロッセリーニルキノ・ヴィスコンティミケランジェロ・アントニオーニ フェデリコ・フェリーニの作品を選びそのするどい視点で解説。後にジャン・リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーといったヌーヴェル・ヴァーグの監督を始め、フランシス・F・コッポラ、ウッディ・アレンといった現代のアメリカを代表する映画作家に影響を与えた芸術運動ネオレアリズモとその後のイタリア芸術映画の歴史、技法や方法論を分かりやすく解説する。自らがナビゲーターとして4時間に及ぶドキュメンタリー作品として集約した。2001年度、全米映画批評家協会、映画遺産賞受賞、イタリア映画祭2002上映作品。

ロベルト・ロッセリーニ
ネオレアリズモの父にして、「今までに存在した最も偉大で、知られざる監督」(P・ブルネット)。ヌーヴェル・ヴァーグに大いなる霊感を与え、後期のTV映画はストレーヴ=ユイレのスタイルを先取りした。三度の結婚・離婚を体験した恋多き男でもある。

ヴィットリオ・デ・シーカ
陽気な二枚目スターだった前身からもわかるように、素人俳優への演技指導が抜群に巧く、ネオレアリズモの中でも最も人情に迫り得た庶民派。脚本家チェーザレ・ザヴァッティーニとの名コンビで、メロドラマからコメディまで幅広く手がけた。

ルキノ・ヴィスコンティ
ミラノの大貴族の出身でありながら、熱心なマルクス主義者という20世紀的な矛盾を体現した名匠。後期作品でより顕著になる官能と頽廃のオペラ的美学は、19世紀のイタリア統一運動を取り上げた歴史的ネオレアリズモの路線から派生したものである。

フェデリコ・フェリーニ
ニーノ・ロータの甘美な音楽と共に、めくるめく祝祭的な映像美で、しばしば魔術師と呼ばれた。魂の救済をテーマにした初期作品から、自己言及的な後期作品へと変貌を遂げ、「サイト・アンド・サウンド」誌では、世界の映画監督ベスト1に選出された巨匠。

ミケランジェロ・アントニオーニ
ネオレアリズモを内面世界へと押し広げ、現代人の疎外を浮き彫りにした知性派であるだけでなく、若者風俗(ヒッピー文化)にも敏感な前衛作家としての一面もあわせ持つ。荒涼とした風景の中で展開されるロード・ムーヴィーは、ヴィム・ヴェンダースへと連なる。

Part1 収録作品
「1860年」(1934) アレッサンドロ・ブラゼッティ
「ファビオラ」(1948) アレッサンドロ・ブラゼッティ
「鉄の王冠」(1941) アレッサンドロ・ブラゼッティ
「白い船」(1941) ロベルト・ロッセリーニ
「無防備都市」(1945) ロベルト・ロッセリーニ 1946年カンヌ国際映画祭グランプリ作品
「戦火のかなた」 (1946) ロベルト・ロッセリーニ  1946年 アカデミー賞 脚本賞
「ドイツ零年」(1948) ロベルト・ロッセリーニ
「奇蹟」(1948) ロベルト・ロッセリーニ

Part2 収録作品
「ストロンボリ」(1949) ロベルト・ロッセリーニ
「神の道化師、フランチェスコ」(1950) ロベルト・ロッセリーニ
「ヨーロッパ一九五一年」(1952) ロベルト・ロッセリーニ 1952年ヴェネチア国際映画祭国際賞
「靴みがき」(1946) ヴィットリオ・デ・シーカ  1947年 アカデミー賞 特別賞
「自転車泥棒」(1948) ヴィットリオ・デ・シーカ  1948年 アカデミー賞 特別賞受賞
「ウンベルトD」(1951) ヴィットリオ・デ・シーカ  1955年 NY批評家協会賞

Part3 収録作品
「ナポリの黄金」(1954)ヴィットリオ・デ・シーカ
「どん底」(1936) ジャン・ルノワール
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(1942) ルキノ・ヴィスコンティ
「揺れる大地」(1948) ルキノ・ヴィスコンティ
「夏の嵐」(1954) ルキノ・ヴィスコンティ  1948年 ヴェネチア国際映画祭 国際賞受賞
「青春群像」(1953) フェデリコ・フェリーニ
1953年 ヴェネチア国際映画祭 サン・マルコ銀獅子賞

Part4 収録作品
「甘い生活」(1959) フェデリコ・フェリーニ 1960年 カンヌ国際映画祭パルム・ドール
「イタリア式離婚狂想曲」(1961) ピエトロ・ジェルミ 1962年 カンヌ国際映画祭 コメディ賞
「イタリア旅行」(1953) ロベルト・ロッセリーニ
「情事」(1960) ミケランジェロ・アントニオーニ  1960年 カンヌ国際映画祭 評論家賞
「太陽はひとりぼっち」(1962) ミケランジェロ・アントニオーニ
1962年 カンヌ国際映画祭 審査員特別賞受賞
「81/2」 (1963) フェデリコ・フェリーニ
1963年アカデミー賞外国語映画賞 衣装デザイン賞受賞、1963年 NY批評家協会賞 外国映画賞受賞

監督 マーティン・スコセッシ

イタリア・シシリア島移民の子としてニューヨーク・リトルイタリーで育つ。
ニューヨーク大で映画を学び。卒業後はCFなどを製作した後、ニューヨーク大に戻って講師を務める(この時オリヴァー・ストーンやスパイク・リーも彼の教え子である)。「ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間」などの編集を経て、ロジャー・コーマンの依頼で「明日に処刑を…」を監督。続く「ミーン・ストリート」で独自のスタイルを確立、1976年の「タクシー・ドライバー」が大反響を呼びカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞する。「ニューヨーク・ニューヨーク」、「レイジンブ・ブル」、「キング・オブ・コメディ」など俳優ロバート・デ・ニーロとのコンビで数々のヒット作品を生む。1995年のヴェネツィア映画祭で長年の功績が称えられ金獅子賞を受賞するなど名実共に世界最高の映画監督の一人。私生活では1973年から1983年まで、ロベルト・ロッセリーニとイングリッド・バーグマンの娘であるイザベラ・ロッセリーニと結婚していたこともある。
映画保存活動としては1990年にスティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、スタンリー・キューブリックらと共に映画財団を設立し、委員長に選ばれる。この基金は“アメリカ映画の遺産を確実に生存させることに捧げられる”ことを目的とし、設立メンバーにはシドニー・ポラック、ウッディ・アレン、フランシス・フォード・コッポラ、ロバート・レッドフォードらが名を列ねる。またアメリカの映画の保存をサポートする為の政府機関、全米映画保存基金の代表をつとめ、映画保存の運動の第一人者となっている。

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