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e-dreams (日本語版)
e-dreams (日本語版)

価格: 4,095円(本体価格:3,900円)|商品番号:NODD-00003

[主な仕様]
ドルビーデジタルステレオ2.0 ch、日本語字幕
全編:
約94分

「このドキュメンタリーフィルムが存在することは、以前からうわさで知っていたが実際に見ると、思った以上に面白かった。」

ネットバブル当時、当社のイーコマース事業の担当者が何度となく話題にあげていた、「コズモドットコム」という社名。当社も当時宅配ネットスーパー事業のお手伝いの仕事をしていたこともあり、米国での先行事例ということで、話題になったのであろう。でも、韓国系アメリカ人の社長の顔をみたとき、こいつが社長だったんだ、と結構新鮮な驚き。もっと東海岸のバリバリのビジネスマンっぽいやつが社長だったのかと思ってた・・・
クライマックスは、IPO(新規株式公開)の申請をした夜の内輪のパーティのシーンだ。壇上から、社員に向けて「あい・ぴー・おー」と叫ぶ社長。今見ると可哀想になるというか、はしゃぎすぎ、というか。このドキュメンタリーフィルムが存在することは、以前からうわさで知っていたが実際に見ると、思った以上に面白かった。売れ行きしだいなんだけど、ぜひ日本のネットベンチャー版も作ってみたい気がする。板倉さんの「社長失格」はTVドラマ化されたけど、松島さんの「追われ者」はまだドラマ化されてないもんね・・・あれは面白いと思う。

堀江 貴文 氏
(原稿執筆時はエッヂ株式会社 代表取締役社長 兼 最高経営責任者)

『e-dreams』は、アメリカのインターネットベンチャー「Kozmo.com」のスタートアップから急激な成長、そして突然の終焉まで全てを、カメラが克明に捉えたドキュメンタリー作品である。

「1時間で配達業務をこなすオンラインショップ」というシンプルかつ野心的なアイディアを、2人の青年インベストメントバンカー、ジョセフ・パークとヤング・カンが思いつく。

20代半ばにして一流企業を辞職し、わずかな貯えと豊富なアイディアの全てを注いでインターネット企業「Kozmo.com」を創立。従業員10人でスタートしたKozmoはわずか1年間で3000人を雇用する大企業へと成長し、スターバックスと業務提携を結び、Amazon.comなどから計2億5000万ドルもの投資を受け、IPOを目指してビジネスシーンに旋風を巻き起こした。が、その矢先の2000年4月、突然の株式マーケット崩壊。

栄華を極めたインターネットゴールドラッシュに終止符が打たれた時、Kozmoの未来にも暗雲が漂い始める...。

コズモ誕生から、崩壊までのプロフィール
1998年3月  ニューヨーク市にコズモ設立
1999年12月 アマゾン他から1億2000万ドルの投資を獲得
2000年2月  スターバックスとマーケティング契約
2000年3月  IPO申請/ 社員数約4000名
2000年4月  株式マーケットの崩壊
2000年6月  IPO延期決定
2000年7月  ジョーとヤング辞任 
2001年4月  事業停止/ 1100人を解雇/ 資産売却

ジョセフ・パーク|CEO・創立者

『ラップトップコンピューター、インターネット接続、携帯電話があればどこからでも世界征服の準備は万全さ。』

ジョセフ・パークはニューヨーク大学卒業後、ゴールドマンサックスにインベストバンカーとして3年間勤務し、多くのインターネット企業の株式上場のコンサルティングを手掛けていた。しかし、ある時味わったAmazon.comのカスタマ−サービスでの不快な体験からヒントを得、1997年7月、ゴールドマンサックスを去り、ニューヨーク・イーストビレッジの倉庫を借りて『Kozmo.com』をスタートさせた。その2年半後には、『Kozmo.com』は全米10都市、1億5千万ドルの融資をAmazon.comやスターバックスコーヒーから受ける巨大な会社へと成長し、パークはインターネットビジネスでの成功に酔いしれていた。まさか、わずかその半年後の2000年7月に、CEOの座を退く事となるとは知らずに…

ヤング・カン|社長・創立者

『アナリストはKozmoのIPOは確実と分析するけど実際はわからないね。投資家は気まぐれだし、ある日突然「もうインターネットは終わりだ」と言うかもしれない。』

ジョセフ・パークとはニューヨーク大学時代のルームメート。卒業後、インベストメントバンクに3年間勤務する。パークから『Kozmo.com』のアイディアを打ち明けられ、数ヶ月に渡る準備とベンチャー企業としての可能性分析を行なった後、1997年に『Kozmo.com』をパークとともにスタートさせた。そして、2000年7月に社長職を辞職においやられるまで、財政面での運営で手腕を発揮し、Amazon.com、コロンビア・トライスター・エンターテイメント、スターバックスなどとの業務提携の立て役者となる。パークが『Kozmo.com』のアイコンとして活躍し、カンは実際の運営面で『Kozmo.com』を引っ張っていた。

ジェリー・ブルド−|CFO
入社前ジェリーは家具販売会社Ethan Alenで財務を担当していた。
1999年11月に『Kozmo.com』のIPOの準備を進めるため、CFOとして『Kozmo.com』に引き抜かれ、2000年7月、ジョセフ・パークの辞職の後『Kozmo.com』のCEOに就任する。
クリスチャン・カバネロ|プログラマー
アンダーセンコンサルティングにテクノロジーアナリストとして1年間勤務した後、パークとカンに出会い1997年『Kozmo.com』に入社。カバネロは『Kozmo.com』のウェブデベロップメント部でデータベースの効率化、ホームページの充実化に貢献。『Kozmo.com』の全米に広がるサービスをプログラム面でサポートした。
イアナ・ハンセン|統合本部長
『Kozmo.com』の4人目の従業員として、設立当初から会社の成長発展に力を注いだ。全米のほとんどの倉庫を駆け回り、『Kozmo.com』のサービスを広げる一方、新入社員のトレーニングを徹底し、1時間デリバリーサービスをモットーとする『Kozmo.com』のサービスを現場で支えた。
ジョナサン・ランド−|マーケティング副社長
1998年11月、『Kozmo.com』のマーケティング部門を充実させるため入社。翌年には『Kozmo.com』のサービスをシアトル地域に広げ、後に販売部で指揮をとった。
『Kozmo.com』のシンボルであるオレンジとグリーンの『ランニングマン』ロゴは彼がデザインしたもの。ただし、2001年の1月に、彼は『Kozmo.com』を去っている。
ケネス・リ−|インダストリー・スタンダード記者
ケネス・リ−はニューヨーク大学を卒業した後、テクノロジージャーナリストとしてニューヨーク・デイリ−ニュースやインダストリー・スタンダードなどで活躍してい
ハワード・シュワルツ|スターバックスCEO
1982年、それまで4店鋪だったスターバックス社に入社、そのブランドイメージを確立したことで知られている。1999年スターバックスはウェブポータルの計画を破棄し、シュワルツの提案で保守的なインターネット戦略へと切り換えることを決め、この方針により、『Kozmo.com』は1億5千万の融資をスターバックスから受けることになった。2000年6月、シュワルツはスターバックスのチーフ・グローバル・ストラタジストに就任し、スターバックスブランドを全世界に広げる指揮をとった。
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